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命は大切に そんなこと 何千何万回言われるより…… ~ゲド戦記

 は大切だ。命を大切に。そんなこと、何千何万回言われるより、「あなたが大切だ」誰かがそう言ってくれたら、それだけで生きていける。(05年度公共広告機構PRCMより引用)

 ゲド戦記見てまいりました。今日はその感想。いつもと違って、ネタバレ気味でいきます。見たくない方は引き返してくださいね。

人殺しに感情移入できるのか?
 ゲド戦記では物語冒頭にて、主人公アレンが父親を刺し殺します。何の理由もなく。このことについて、物語の中で言及されることは一切ありません。思春期特有の不安定さから殺人に至ったことを読み取ることは一応出来ますが、じゃあそんな奴に感情移入できるかと言ったら、それはまた別のお話。殺人犯に感情移入なんか出来ません。
 まぁ、仮に殺人犯を主人公にするとしましょう。その場合、観客が感情移入できるように殺しの理由を作ってやるのが当たり前。ところが、ゲド戦記にはそれがないわけです。
 だから、アレンがどんな仕打ちを受けても何も感じないし、成長を描かれても「こいつ、所詮は人殺しだからなぁ」という感想しか抱けない

 ヒロインにしても同様。アレンに心を開く過程が完全に描写不足だし、ラスト付近のシーンはちんぷんかんぷん。ヒロイン変貌への伏線が、ゲドの「まさか、な」一言だけとは、どーいうことやねんと。説明不足というよりも、説明する気がないんでしょうね。どういう理由でそうしたかは理解できませんが。

クライマックスのない物語
 物語は、とにかく盛り上がらない。戦記らしいシーンは一箇所もありません。延々と小競り合いが続くだけ。原作が地味な作品ということですが、映画にする以上、原作がどうあろうと関係ありません。観客の目を常に画面に引きつけておくためのギミックが必要になってきます。アクションシーンであったり、ラブシーンであったり。もちろん、多少のアクションシーンは含まれていますが、特筆するほどのものでもなく。観客の目を惹きつけるには力不足と言わざるを得ません。ラブシーンにいたっては、主役の二人に感情移入できないのだから魅力的に映るわけもない。
 ちなみに、物語はシンプルそのもの。ハウルと同程度でしょうか。余計なものに気を紛らわされず、物語の大筋を掴む能力があれば問題なく理解できると思います。設定はちんぷんかんぷんで、主人公に感情移入できない点は変わりませんが

うるさい音楽
 そんなしょぼくれた物語を頑張って盛り上げようとしているのがBGMです。久石さんではないものの、良質な音楽を聴かせてくれます。
 ですが、音楽と場面がとにかく噛み合わない。のっぺりとした背景をド派手な音楽で着飾って見せても、白けるだけ。こっちの心が盛り上がっていないのに、無理矢理「お前ら、盛り上がれよ!」と強制されているようで怒りすら覚えます。映画における音楽の重要性を製作スタッフは理解しているのでしょうか? 甚だ疑問です。
 話題のテルーの歌にしても、なるほど歌は素晴らしい。けれど、わざわざ貴重な上映時間を削ってまで、フルコーラスで聴かせるものではありませんそんなことをしている暇があるなら、アレンにもっと感情移入できるように脚本を修正すべきでしょう
 おまけに音楽と絵がかみ合うのはわずか二シーンのみ。

いのちをたいせつにしないやつはだいきらいだー
 CMでうんざりするくらい聞かされるこのフレーズ。映画ゲド戦記の根幹に関わってくる台詞です。この台詞に代表されるように、劇中でキャラクターたちはテーマを言葉で語りつくしてしまいます。映像作品としては、かなり不味いやり方。ただ、この手法がまったく駄目と言うわけでもありません。時には言葉がどんな絵よりも力を持つことがありますから。そのためには、伝えたい1フレーズを際立たせるために気の遠くなるほどの積み重ねが必要になります。台詞・シーン、ありとあらゆるものを、たった一言のためにくみ上げていかなければならないのです。その過程を経て初めて、言葉は力を持つ。
 では、ゲド戦記はそういった積み重ねをしているのか? 答えは否です。漫然と物語を転がしているだけ。命は大切だ。命を大切に。そんなことをただ連呼しても、何も伝わらない。だからこそ創作者は、メッセージを伝えるために緻密な計算を施して作品を世に送り出すんです。言葉だけでは伝わらないものを伝えるために。
 ゲドのもう一つのテーマである「自己との対峙」も、もちろん同じこと。

公共広告機構のCMを見た方がマシ
 これが結論。ゲド戦記で描かれる〝生〟を見なくても、公共広告機構のCMで事足ります。こちらの方がゲドよりも遥かにシンプルで、遥かに練られていますから。自己との対峙も別の作品を見ればいい。とにかく、見所のない作品です。


 ただ、ゲド戦記を巡る批判の加熱ぶりには疑問を感じずにはいられませんね。大手のニュースサイトが、映画を見てもいないのにジブリ批判を繰り広げるサイトを取り上げたせいで、作品自体に大きなマイナスイメージがついてしまいました。もちろん、その程度の作品であることは認めます。けれども、映画を見てもいない人間に批判する権利などありません。その辺のマナーはわきまえて欲しいものです。
 また、ゲド擁護論にも首を捻ってしまいます。というのも、彼らは口をそろえて「素直な作り方」「新人にしてはよくやったと」と語るから。
 「素直な作り方」というのは、宮崎駿の言葉であって、あなたたちの感想じゃないでしょうと。誰かからの借り物ではなく、自分の言葉で喋るべきですよ。たとえ似たような感想を抱いたとしてもね。ゲドの感想サイトで「素直な作り方」というワードが出てきたら、要注意。借り物の言葉で語られた感想ほど信用できないものはありません。
 それから、新人にしては~も無視していいです。興行作品として世に出た以上、新人・ベテラン・素人は関係ありません。もちろん、監督が誰の子供であるかも関係ない。待っているのは、観客の心を動かせるか否かという冷徹な世界なのです。

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テーマ : ゲド戦記
ジャンル : 映画

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最近のジブリ映画は日テレで放送しない限り、映画館に行ったり、レンタルしてまで見ようと思わなくなりました。

何か魅力が感じられないですね。

ツッコミの大抵の答はパンフに書いてある。

 どーも、クソのつく物の約半数の味方、jimaで御座います。
 Myブログのカテゴリー「アニメ」でゲド戦記擁護派の感想書いてるんで宜しかったら何かの足しにしてくださいな。

 親殺しっていうのはアレンがイカレタヤツという意味ではなく、心理学的な親殺しの意味合いを含んでいるそうです。

 戦記らしいシーンは原作でもありません。つか、実質「ゲド戦記」って呼べるのは1巻だけですので(苦笑)。後はひたすらゲドが森羅万象と魔法について、若者と語り明かすのが延々続きます。
 ウケを狙う努力の必要は認めますが、「ゲド戦記らしさ」ってのに拘っちゃうのですよ。原作ファンは。
 後、テハヌーは原作知らないと絶対混乱すると思った。混乱したクチですか?あれはいかんと言うか大博打過ぎましたよね。

 では、この辺で…

 コメントありがとうございます~

>damさん
 もののけ以降、ジブリは目に見えて失速してますからねぇ。正直、TVで十分だと思います^^;

>jimaさん
 いやいや、アレンのエディプスコンプレックスを描いているのはわかるんですが、それが感情移入できるレベルにまで達してないってことです。監督が何を意図していたにせよ、あの作り方ではただの犯罪者少年Aにしか見えないんですよ(苦笑)

 原作の地味さは伝え聞いていたんですが……う~ん。物静かな物語なら、それなりに雰囲気作りをしておくもので、残念ながらゲドにはそれがなかったので、アクションシーンが欲しくなってしまうんです^^;

 テハヌーは混乱というより失笑に近かったです^^;あーあって感じで……OTL

あ~あ、みんな殺しちまってら。

 まぁ、動機の半分は“影”のせいってのもあるし、均衡云々でアレンも頭がおかしくなっていたせいもあるんでしょうが…でも、世相の反映としてはいけるんでは?よくわかんないけど殺してしまった…ってよくある話じゃないですか。
 そういうヤツの社会復帰の話としては捉えられないですかね?

 後で調べた結果、ちゃんと3巻にも盛り上がり所があったようです(汗)。ゲドが全魔力を使い果たして生と死の扉を閉じるとこなんですが…主役食っちゃ駄目でしょ~ってとこなんでしょうかね…

 あと、開始時直後から、駿作品に対して、微妙な時間のずれというか、ゆっくりまったりした雰囲気が作品の全体に漂っていたので雰囲気作りは出来てたと思いますよ。
 少なくとも僕は「あ~、この作品はダー!とかガー!とかやらないつもりなんだな。」と判断できました。

 竜を出したかった気持ちは、血が出るほど分かる!分かるんだけど…もうちょっとやりようが無かったものか…(泣)

 >世相の反映
 ええとですね、それは理解出来るんですよ。社会復帰の話だということも。ですから、記事で物語はシンプルそのものと書いたわけです^^;ただ、理解できるのと感情移入できるのとは、まったくの別問題です。
 実際に、サカキバラやこの間の実家に火を放った少年が再生していく様を素直に見られますか? ということなんですよ。恐らく、ほとんどの人は無理だと思います。殺人衝動や破壊衝動に理解を示せたとしても、同情は出来ない。お前らは人殺しだろっていう話になるわけです。
 だから、こういう題材を扱う場合には非常に神経を使わなければならないんですよ。
 たとえば乃南 アサ のしゃぼん玉。こちらも似たような題材を扱っているんですが、こちらの場合は主人公が犯罪に走らねばならないような状況を設定に盛り込むことで感情移入できるようになっています。肉親殺しという題材には半落ちもあげられます。こちらも痴呆症の妻を見るに耐えかねて殺害という点で感情移入しやすいように作られているんですね。
 ゲド戦記のアレンも、このように感情移入できる設定を盛り込んでやるべきだったと思いますよ。心の不安定さだけで観客を納得させられるほど、映画は甘くありません。

 雰囲気作りに関しては、難しいとしか言いようがないですね。静かな物語というのは作者の経験以上にセンスがものをいう領域で(ドンパチの方が作るのは簡単)、二時間弱もの長丁場を飽きさせずに見せるのは並大抵のことではないんですね。そこには常に〝退屈〟という言葉が隣り合っていて、少しのバランスで崩れてしまいます。実写に比べてアニメはそういった物静かなシーンを描くのが不得意で(表情の機微をそこまで細かく出せない)、もちろんそれが出来ている作品もあるんですが、今回のゲド戦記に限っては実写の方がまだ評判はよかったと思います。

 竜のシーンはよかったので、もう少しそれを活かすような物語にして欲しかったところですねー。竜の描写に関しては過去のジブリと比較しても劣らないと思いますし。

老いたな。ジブリ。

 今日『ゲド戦記』観てきました。
 最初に言えることは世界観の説明不足過ぎですね。原作を読んでいない人もいるわけですかもう少し、冒頭で説明がほしかったです。
 内容的にはアレンの父殺しの真意が不明というのもありますが、何よりゲドの役割が乏しすぎますね。本編では大賢人と言われていてタイトルにもなっているキャラなのですから、もう少し見せ場があっても良かったと思います。
 いくらなんでも勢いよく乗り込んでボコられて終わりじゃあんまりでしょ。
 ヒロインについても説明不足過ぎ、いきなり竜になられても見ているこっちとしては”なんじゃそりゃあ~~?”って感じでした。ちょっと臭わす部分もありましたが、こちらも納得のいく説明がほしかったです。
 後は全体を通してもう少し盛り上がってほしかったです。原作通りといわれればそれまでなのでしょうが、映像という形を取っている以上ある程度の改変はあってもいいと思います。
 それと最後に”罪を償う”と軽く言っていたアレンですが、父殺しに宝剣盗難となれば重罪は確定で下手をすれば死刑にさえされるのでは?
 

コメントありがとうございます~

 まぁ、何よりもいえることは「タイトルに偽りアリ」ってことですね(苦笑)ゲドが活躍しなければ、戦記でもない。原作と同じタイトルにしたかったのはわかりますが……

 >死罪
 た、確かに^^;
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